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アントワープ・大聖堂ルーベンス作 キリスト十字架降架 |
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10:40分アントワープ到着。アントワープに寄ったのは『フランダースの犬』のネロとパトラッシュが物語の最後息絶えた教会と祭壇画を見たいというMの希望だった。 アントワープ駅のコインロッカーに荷物を預け大通りを歩いてまっすぐノートルダム大聖堂へ。 |
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アントワープ大聖堂の尖塔はどこからでも見え迷うことがない。 大聖堂へ入りルーベンスの祭壇画で特に名高いキリストの十字架昇架/十字架降架はフランダースの犬でネロとパトラッシュがそれを前に亡くなるのだが、見るものを圧倒する迫力のある画と思う。 |
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キリスト十字架昇架 | 大通りから入って直ぐのルーベンスの家 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
アントワープの大聖堂は写真撮影を認めているのでゆっくり参拝する人はゆっくり時間をかけて写真をとることが出来る。 帰りにルーベンスの住居を見学して駅に戻る。 しかし駅のロッカーがハイテクでレシートのバーコードを読み取り機にかざすと預けたロッカーが開くのはずが、なんどやっても開く気配がない、時間もないので通りかかりの若者にやってもらうと難なく開いた、お礼を言って荷物を出しホームへ急いだ。 後考えてどうして開かなかったのかは、かざし方が悪くバーコードが読取り機に読み込まれなかったのだと思う。 |
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アントワープのハイテクコインロッカー |
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アントワープ中央駅は外観と違い中は近代的で駅のホームという感じがしない。 ホームで待つと間もなく12:31分のTHALYSが入線してくる。 13号車 52/53席 予約席なので安心だ。 タリスで予約席につくと間もなくランチサービスがあり、これは飛行機以上の内容で、ワインも飲み放題。 |
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アムステルダム中央駅13:43分到着。ホテルは運河の際にあった。 アムステルダムでは2つの大事な見学場所がありひとつは『アンネの家』そしてもうひとつは『レンブラントの家』だ。 |
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アンネの家の入場券は16:15分に予約していて余り時間がないのでホテルに荷物を置いて直ぐにアンネの家に向かう。ホテル近くの運河を渡りアムステルダム西教会へ10分くらいで着く。 |
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西教会の鐘の音はアンネも隠れ家の中で聞いたと日記に記載されている。 自由を奪われ狭く暗い隠れ家の生活の中で家の周りから聞こえてくる鐘の音や日常生活の音はどんなに当たり前の普通の生活が幸せなことと感じていたに違いない。 |
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ライツェ通りとシンゲル運河が交差するあたり・シンゲルの花市 |
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右正面がアンネの家隣のアムステルダム西教会 |
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隠れ家生活は1942年からナチスに拘留されるまでの2年間続き、暮らした家はいま記念館として公開されている。 記念館前には長い行列が出来ていた。予約時間より少し早かったが、入口の横にある予約者専用入口のインターフォンを鳴らし解錠してもらい入っていった。普通に来た人たちはだいぶ待たされるようで待つことなく入場できよかった。 |
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16:15〜アンネの家予約チケット |
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映画『戦場のピアニスト』を観た時もそうだったが、アンネの家を訪ねて感じたことは、ユダヤ人に生まれたことでどうしてこんな悲惨な目にあわなければいけないのか、そして戦争は人間が行う最も罪深い狂気の行為で、その時代に遭遇しその中で生きなければいけなかった不幸に強く心を打たれる。 |
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アンネの家から市内を散歩してレンブラントの家まで歩く。レンブラントの家は閉館時間で見られなく明日又来ることにする。 10月5日 今日の歩行数19931歩 約13.7q |
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朝7時起床。8:30一階レストランで朝食。 10:00〜ホテルを出て街を歩きレンブラントの家に行く。 レンブラントが住居・画廊・アトリエとして実際使用していた建物で、入口で入場料を支払い館内へ。 入ると直ぐにデッサンとそこの描かれたままの果物模型がショーケースに並べられていた。 |
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階段を上がるとレンブラントが使用したままの絵具や筆、キャンバス、椅子、机、が陳列されている。触ることも出来る陳列でレンブラントの息吹をリアルに感じる。 |
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1972年9月6日ダム広場近くのdie port van cleve hotel amsterdam。兄と食事したホテルレストランで当時のNo.5341310番目のステーキ証明書をフロントで見せるとびっくりされレストランに案内してれる、現在も当時と同じナンバリングしているディナーコースがあった。 |
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Die Port Van cleve Hotel |
1972年亡き兄と食事したDie Port Van cleve Hotel |
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アムステルダムの運河地区は世界遺産にも登録され、街を歩くのは運河と橋を渡りあるく事のようだ。 ヴェネチアと共に水の都と比較されるが、ヴェネチアは海の上に浮いている島のようだが、アムステルダムは運河の数では負けないが車も走りベネチアのような海の香りはあまり感じられない。しかし街中どこにいっても運河と橋にぶつかる。 |
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《BOOKING》本社ビル | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
レンブラントの家を見学した後国立博物館に行く途中《BOOKING》本社の前を通る。 ほとんど全てホテルはブッキングで予約していて本社がオランダにあるとは知っていたが、そのビルの前に立った時は、懐かしい人に出会ったようですごく不思議な感じがした。 |
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国立美術館ライクス・ミュージアムでレンブラントの『夜警』『自画像』フェルメール『牛乳を注ぐ女』ヘンドリック・アーフェルカンプ『スケートをする人々のいる冬景色』などを鑑賞する。 |
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国立美術館の帰りホテル近くのイタリアンレストランに入り夕食。 10月6日 今日の歩行数12405歩 約8.6q |
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10月7日(木)ドイツ・ケルンへ移動日 アムステルダム中央駅は東京駅とよく似ているので姉妹駅になっている。東京駅はアムステルダム中央駅をモデルにして建築したといわれるがどうもそうではないようで、似て非なる駅のようだ。 今日はアムステルダム中央駅から国境を越えドイツ最初の都市ケルンに移動する。 朝食後、チェックアウト。 アムステルダムでは市民税など21.37ユーロ別料金加算されチェックアウト時合計364ユーロは現金で支払う。 ホテルを出て駅までは運河沿いをゆっくり歩いて行く。 アムステルダムに心を残しながら10:23分発の ICE に乗車 63/65予約席。 ドイツ最初の都市ケルンへ。 |
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